目的
熊本県和水町の魅力を、「音」という感覚を通じて伝えることを目的とした実験的映像作品。単なる風景の記録ではなく、視聴者が「物語」として没入できる体験の創出を目指した。
映像設計
高ダイナミックレンジ収録: 32bitフローティング録音技術を駆使し、高ダイナミックレンジ録音を実現した。さらにデジタルクリッピングを原理的に排除。繊細な雨垂れの音から、車の走行音や足音といった突発的な大音量まで、あらゆる音情報をロスなく収録した。
イマーシブな音場創出: 低いポジションでのステレオ録音を徹底。これは犬の聴覚を疑似体験させると同時に、地面からの反響音を豊かに捉え、視聴者を包み込むような没入感を生み出すための設計である。
ポストプロダクション: 当初課題として捉えられた「長靴の大きな足音」を、あえて主役のリズムとして扱う演出を施した。コンプレッサーのアタックタイムを調整し、音の立ち上がりの質感を保ちつつ、リミッターで最終的な聴感をコントロール。これにより、単なる環境音ではない、歩行という「体験」そのものを伝えることを目指した。
映像設計(ビジュアルデザイン) 犬の目線に近いローアングルからの撮影に徹することで、人間が普段見過ごしている風景のディテールを切り取った。また、下を向き続ける主観映像とは異なり、進行方向が見える構図を維持することで、没入感を保ちつつも画面酔いを抑制する効果を狙っている。
動画構成
本作では、意図的にナレーター(制作者自身)が犬に話しかける声を断片的に残している。これは「作業用BGM」としての純度を下げうる要素だが、本作ではむしろ、この散歩が「本物」であるというドキュメンタリー性を担保し、人間と動物との間に流れる温かい空気感(あんの散歩に私が着いて行くスタイル)を伝えるための重要な演出と判断した。これにより、単なる環境音ASMRではなく、物語性を含むハイブリッドな作品としての着地を目指した。
32bitフローティング録音とは?
映像制作において、音は視覚情報と等しく、あるいはそれ以上に物語を語ります。特に私たちがテーマとする田舎の風景では、繊細な環境音がその場の「空気」を創り出します。
しかし、自然の音は予測不可能です。 静かな雨音を録っているすぐそばを、突然大きな音を立てて車が通り過ぎる。あるいは、遠くで鳴いていた鳥が、すぐ近くで力強くさえずる。
従来の録音方法では、この「静寂」と「轟音」のどちらかに録音レベルを合わせる必要がありました。静かな音に合わせれば、大きな音は「音割れ(クリッピング)」してしまい、データは永遠に失われます。大きな音に合わせれば、静かな音はノイズに埋もれて聞こえなくなってしまいます。このジレンマを解決し、その場の音を「ありのまま」に記録する。それが、今回の動画で採用した32bitフロート録音技術です。
32bitフロートがもたらす3つのメリット
- 「ありのまま」の音を記録できる 車の走行音のような轟音も、雨上がりの葉から滴る雫の音も、その場の全ての音を歪みなく記録します。これにより、不自然さがなく、どこまでもリアルで没入感の高いサウンドスケープ(音の風景)を創り出すことができます。
- 予測不能な「奇跡の瞬間」に強い ドキュメンタリーや自然の撮影では、最高の瞬間は常に予測不能です。犬の突然の鳴き声、風の音、人の会話。従来の録音では失敗とされていたこれらの「突発的な音」も、32bitフロートなら最高の素材として活かすことができます。
- 制作者が「音そのもの」に集中できる 録音時、私たちはレベルメーターを凝視し、音割れを心配する必要がありません。その代わりに、マイクの最適なポジションを探し、その場でしか聞こえない音に耳を澄ますことに、全ての神経を集中させることができます。この集中が、作品のクオリティをさらに高めます。
しかし大音量をそのまま保存出来る訳ではありません。マイクの許容量内の音量に限ります。目の前を爆音の車が通りすぎましたが音のひずみ(クリッピング)が発生しました。