風景を見てもらうには?

【コンセプト】

本作の出発点は、「『何もない』と見過ごされがちな田舎の風景を、いかにして視聴者の心に深く届けるか」という問いでした。答えは「音」にあると考え、鳥たちの鳴き交わす声(ドーンコーラス)を物語の主軸に設定。視聴者が聴覚を研ぎ澄ませることで、視覚的にも風景のディテールに気づき、その場の空気を「追体験」できるような作品を目指しました。

【制作プロセスと技術的アプローチ】

  • 音響設計(サウンドデザイン): フィールドレコーディングは常に「ノイズとの対話」です。本作の舞台である早朝の和水町も、静寂に満ちているわけではなく、鳥の声、虫の声、風の音、そして機材自体の自己雑音(ホワイトノイズ)といった、無数の音で構成されています。 私たちは、32bitフロート録音技術を駆使して、まずその場の全ての音をありのままに収録しました。その上で、ポストプロダクションにおいて、単にノイズを除去するのではなく、主役である「鳥の声」が最も魅力的に浮かび上がるよう、繊細な音響調整(ディノイズ及びダイナミクス処理)を施しています。残されたノイズは、むしろその場のリアリティを伝える重要な環境音として、意図的に活かしています。
  • 映像設計と構成(ビジュアルストーリーテリング): 「音」に集中してもらうため、映像はあえてカメラを固定した長回し(フィックスショット)を多用しています。これは、視聴者に視点を強要するのではなく、一枚の絵画を眺めるように、その風景の中に自身の視点を見つけ、時間を忘れて没入してもらうための演出です。
    さらに、色彩設計(カラーグレーディング)においては、暗部を深く沈み込ませ、コントラストを強調するアプローチを取りました。この処理は、単に景色を際立たせるだけでなく、見慣れたはずの風景から現実感を少しだけ剥奪し、「記憶の中にある、日本の原風景」のような、どこか非現実的で、それでいて懐かしいという二つの感情を同時に呼び起こすことを意図しています。
    また、全編を定点映像にするのではなく、案内役である愛犬「あん」の移動シーンを挟むことで、動画全体に「散歩」という時間軸と物語性を与えました。あんを起こす導入部から、静かに鳥の声に耳を澄ませるシーンの繰り返しまで。この「静」と「動」のリズムが、視聴者を心地よい追体験の旅へと誘います。
  • 【届けたい体験】 この作品は、単なる「癒やしの環境音ビデオ」ではありません。 「和水町においでよ!」と誘致するための観光動画でもありません。 これは、私たちのフィルターを通して切り取られた、和水町のありのままの朝の断片です。

この一連の狙いを通して、視聴者が案内役である犬の「あん」と共に、和水町の朝を歩く「追体験」を提供します。このささやかな時間が、日々の喧騒を離れた、心の安らぎとなることを願って。