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Chapter 01

すべては、あの日のから。

2011年3月11日 午後2時46分。故郷・宮城県多賀城市での被災を、わたしは一生忘れません。

離婚したばかりのシングルマザー。毎日をこなすことで精一杯で、防災の備えは何ひとつしていませんでした。5歳の次男を迎えに向かう車中で、激しい揺れ。大型トラックが倒れてくる恐怖におびえながら、ただハンドルを握りしめることしかできませんでした。

家族と合流し、避難所へ。けれど水も食料もなく、子どもを安心させる言葉すら出てきません。7歳の長男は、わたしの腕の中でおむらしをしました。

「なぜ、もっと備えなかったのか」

暗く寒い避難所で、その言葉が何度も頭を巡りました。自宅は大規模半壊。避難所生活は2週間に及びました。

Chapter 02

違和感と、防災士への決意

震災後、子どもたちの心のケアのため、妹家族のいる熊本県和水町へ移住。地域おこし協力隊として活動を始めました。地域とのつながりは温かい。けれど同時に、「つながりだけでは命は守れない」という思いも芽生えていました。

被災体験を語ると、多くの方が涙してくれました。でもどこかで「熊本は地震がないから」と、映画のワンシーンのように受け止められている空気。そして気づきます。

「わたし自身も、いま何も備えていないじゃないか」

本当に伝えるべきなのは、苦労話だけではなく、これからの命を守る“備え”。そう決意し、一から学び、防災士の資格を取得しました。

Chapter 03

私だから伝えられる「やさしいぼうさい」

しかし、知識だけでは人は動きません。だから生まれたのが「くらし目線のやさしいぼうさい」。どんな立場の人でも、無理なく日常に取り入れられる防災です。そして「楽しくなければ続かない」と、学生時代のミュージカル経験を活かして、歌やエンターテインメントも取り入れました。

2016年、熊本地震を経験。あのときは、日頃の備えが確かに役に立ちました。子どもを守る行動が、とっさにできたのです。

2019年、和水町で震度6の地震を経験したことをきっかけに、次男が13歳で防災士を取得。親子で防災活動を始めました。そして2020年、熊本豪雨。息子と共に動くことができました。こうして、わが家の防災は「家族の文化」となりました。息子と一緒に活動する中で、防災を通して人間力を育み、温かい家族の絆を実感したのです。

準備していても、怖い。
でも、準備があると、人は動ける。

宮城と熊本、三度の大災害を通して得た、わたしの確信です。

Chapter 04

「いつも」と「もしも」の居場所づくり

防災は特別なことではありません。完璧でなくていい。わたしはいま、二つの顔で活動しています。

  • エンタメで防災のハードルを下げる 「歌う防災士」
  • 防災を入口に地域課題解決へつなげる 「防災クリエイター」

その集大成が、自宅を開放した 防災×ひとり親応援拠点「あんしんハウス」です。「いつも」は防災を学び、集える場に。「もしも」の時は、ひとり親家庭の避難場所として頼れる場所になります。

ちいさな一歩でいい。あなたにとっての「備え」を、一緒に見つけていききましょう。